リアルタイム生理計測技術の現状とその応用

日本技術士会近畿本部兵庫県支部 「支部だより No.16」に寄稿

1.はじめに

 我が国の総人口は2019年10月現在で1億2617万人、65歳以上人口は、3589万人となり、総人口に占める割合(高齢化率)が28.4%となりました。2025年には30%を超えると言われています。

 超高齢社会を迎えて、慢性疾患の患者が急増し、医療費が高騰しており、先進国においては共通の問題となっています。そこで、生活の質を向上し医療費負担を抑制するためには、病気になってから治療をするという対処医療から健康管理・予防医療へとシフトしていく必要があります。日常生活において、健康管理の面から呼吸、体温、血圧、心拍などの生体情報をリアルタイムに測定し、心身の健康状態を分析できるウェアラブルヘルスケアモニタリングの活用が進んでいます。

 情報通信技術や超微細加工技術の発達によりその実現が可能となっています。情報通信技術については、5G時代をむかえ、リモート診療や在宅診療ができるようになりつつあります。更に、Wi-Fi、Bluetoothなどの無線ICTが進歩し、携帯電話やスマートフォン、健康医療機器などにも採用されています。超微細加工技術についても、MEMSによる超小型なウェアラブルセンサの開発も可能となっています。

 無線ICTと融合した非侵襲なウェアラブルセンサが開発され、ウェアラブルヘルスケアモニタリングが実現すれば、病院医療や在宅医療ではできなかったことが可能となります。

2.生理計測の基本

 生理計測機器は、認知心理学、行動科学、人間工学等の分野で開発され、様々な成果をもたらしてきました。人間の心と体は互いに関連しており、心の変化は体に現れます。心の変化は言葉では正確に表現できないし、体の反応を言葉にするにも時間がかかります。この変化をリアルタイムで把握することや数値化することは大変難しく、客観性をもちにくい問題があります。一方で、ガルバーニの実験によって神経活動と電気の関係性が確かめられ、生体信号の測定から身体の状態を把握することが可能になり、心の状態を把握することが可能になると考えられるようになりました。

 ガルバーニの実験とは、1786年イタリア野ボローニャ大学のルイジ・ガルバーニ(1737-1798)が、カエルを鉄板の上に置き脊髄を貫いている金属の棒をその鉄板に押し付けてみると筋肉が収縮したという発見です。このことから彼は、動物体の中で電気が起きたこと以外に考えようがないとして、動物電気を発見したことを報告しました。彼は、神経はこの動物電気を引き起こし、体の各部分へ送る役割を持っており、その内部は電気を伝えるための特殊な物質からできていると説明しています。

 生理計測の仕組みは、被験者に取り付けたセンサーから微弱な信号を取り出し、増幅して解析用のPCに送り、数値化し、可視化するものです。生理計測をするには、調べたい内容と測定できる内容の関係性を把握し、更に、測定する信号の性質を理解した上で指標の選別をするなど、生理学の基礎知識を持った上で、行うことが大切です。

3.生体電気計測

 生体システムには、電気信号を利用している心臓や筋肉などの「動き」制御や脳神経系の脳波などがあります。測定項目として信号レベルにより以下の通り分類されます。(1)

1)筋電位

 筋電位は筋肉の収縮にともなう電位の変化で、腕の収縮と弛緩、眼球の動いたタイミングや方向・速さなどを測定できます。筋電位は、データと心の関係が明白であり、信号のシグナルが強いため、測定値とノイズを容易に判別できます。筋電位の振幅は約100mVですが、その信号は伝達経路を経ることにより、表面筋電位は数μV-mVとなります。 (2)

図1 表面筋電位信号(2)

2)自立神経系

 自律神経系の計測には呼吸、脈波、心拍などがあります。これらは交感神経と副交感神経の状態によって大きく影響されます。交感神経は、昼間活動しているときに活発になり、副交感神経は、リラックスしている夜間に活発になるものです。

 呼吸の状態を測定する場合、腹部に測定バンドを巻き、呼吸によるバンドの収縮と弛緩を記録します。脈拍や心拍の場合、特定の部位に電極や専用センサーを装着し、心拍間隔の時間を記録します。自立神経系を計測することにより、ストレスの変化を捉えることができますが、それ以外の要因に影響を受ける場合もあるため、判断に注意する必要があります。

   心電図は心臓の電気活動を体表面で計測するものです。心電図のなかで最も大きな変化を示すのはR波で、一つのR波から次のR波までの時間をR-R間隔と呼び、R-R間隔の逆数が心拍数となります。

3)皮膚電位反応

 皮膚電位反応は心理的事象により汗腺が変化することを利用して、皮膚表面の電気的性質を計測します。被験者自体が気づいていない心理的変化を計測することができます。信頼性がある優れた方法として、ストレス、緊張とリラックス、認知プロセスなど無意識の研究に用いられています。これは、皮膚のインピーダンスまたはコンダクタンスの測定により実現されます。各種の研究結果から、皮膚のコンダクタンスは、環境的、心理的、または生理的な刺激に反応して増加することが判明しているからです。経時変化を確認することにより、人の活動レベル、ストレスのレベル、痛みのレベルなど、その時点での心理的、生理的な状態に関連する情報を得ることができます。

4)脳波

 脳波は人の脳のリズムを持った電位差のことをいい、その波長から被験者の様々な心理的事象を計測します。図2に示すとおり、脳波計測では頭皮上に皿型の電極を貼り付けて信号を取り出します。電極の位置は標準的な規格が定められており、脳の各部位と相関のある信号が得られると考えられています。

 しかし、頭皮表面に設置した電極から得られる信号から頭蓋骨内の脳活動がどのように反映されるかを説明するのは容易ではありません。(3)

4.自立神経系におけるリアルタイム測定に至る経緯

1)高齢者の高血圧と血圧変動(4)

 バイタルサイン(生命兆候)とは、人間が「生きている」 ことを示す指標のことです。「脈拍」「血圧」「呼吸」「体温」の4つの数値を測定することでその日の健康状態を知ることができます。

 血圧の変化は、自動血圧測定(ABPM)により24時間自由に行動しながら測定できます。夜間就寝中、健康な人は約10~20%低くなります。高齢者は夜間降圧の状態を維持できず、低くならない症例が少なくありません。また逆に夜間に過度に降圧を生ずる症例も多く、外来での単回の血圧測定では病状を把握するのに限界があります。血圧の日内変動が大きいほど、脳、心血管系疾患の発症リスクが高いことが報告されています。

 また、高齢者の短時間内の血圧変動として、起立性低血圧や食後低血圧があります。図3にABPMにより高齢者血圧変動の特徴を捕らえた症例を示します。夜間の血圧は相対的に夜間血圧過降下型を呈し、起床前後の時間帯は典型的なMorning surgeを呈しています。そして、食後に急激な血圧低下も起こっていることがわかります。

 この結果から、高齢者の血圧は短時間で劇的な変化を示しています。この過度な血圧変動が相対的脳虚血を起し、転倒につながります。更に、高齢者は高血圧と認知機能との関連も無視できません。認知症は高血圧も含めた生活習慣病との関連も注目されていることから、より幅広い病態把握が必要とされています。高血圧の管理不良や過度の血圧変動は、急性の脳卒中だけでなく、慢性の脳虚血所見も大きく増大させることから、認知症予防という観点からも高血圧管理、ひいては血圧変動の管理が必要になってきます。それらを予防するためには、高齢者の血圧管理において、短時間内に起こる過度な血圧変動をいかに簡易にモニターできるかが大事になってきます。

2)ウェアラブル血圧センサーの開発

 従来のカフ式血圧計では連続的な測定に限界があり、同時にカフ圧迫という患者への負担も増えます。実際には、外来時の測定によって評価されており、個々の血圧変動の状態を把握することができていません。

 また、一般的にカフ式血圧測定を行うには被験者は行動を中断しなければならないという制限もあります。このためカフを必要とせずに連続的に血圧を測定できるウェアラブル血圧センサーが必要となります。

 この原理は脈波伝搬速度を元に血圧を推定する方法です。脈波伝搬速度法では、図4に示す心電のR波と脈波の立ち上がり点の時間差“脈波伝播時間”tPTTから、収縮期血圧値を算出することで血圧推定を行っています。心電のR波と脈波の測定は胸部に装着する心電センサーと耳たぶに装着する脈波センサーにより行っています。耳たぶは体の動きを最小限にする目的です。(4)

5.リアルタイム生理計測技術の現状

 最近、簡単に身につけることができるウェアラブルデバイスが多く登場しています。着用しているだけでセンサーにより身体の状態変化を収集し、その変化を情報端末に表示して活用の場を広げています。また収集したバイタルデータをクラウドに集積し、分析した結果をスマホやPCに表示して健康上のアドバイスをするサービスがあります。その活用事例を紹介します。

 ウェアラブルデバイスは様々な分野で活躍の場を広げており、民生系・業務系のウェアラブルデバイスの主な用途を表1に示します。(5)

1)システムを支える要素技術

 図5はウェアラブルデバイスを活用するシステムの一般的な構成です。身体の活動情報を収集する場合、ウェアラブルデバイスに搭載されたセンサーからの情報をスマートフォンやインターネット上のデータ収集・分析サーバーに定期的に送信することで集積されます。このデータは利用者にグラフなどで視覚的に表示されると共にサーバーで分析し、活動の傾向や健康に対するアドバイスとして提供されます。

2)ウェアラブルデバイス

 ウェアラブルデバイスは、その形状から「リストバンド型」「腕時計型」「メガネ型」「特化型」に分けられます。

・リストバンド型

 利用者の身体の向きや位置情報センサーを複数搭載し、歩数や移動距離、活動状況を取込み、消費カロリーや睡眠状況を測定します。健康管理に特化したデバイスでは、データはスマートフォンに連携しアプリで表示します。図6はfitbit社の心拍センサーを備えたリストバンド型デバイスです。

・腕時計型

 リストバンド型と同様のセンサーを備え使用者の活動状況を収集します。さらに心拍センサーを備えたデバイスは心拍数からストレスなど心の状態を見える化し健康管理に役立てられ、スマートフォンと連携しメールの受信などができる機能もあります。

 図7のApple社の「Apple Watch」は、GPS、心拍センサーなどで測定し視覚化します。日本でも利用できるようになった心電図アプリは、側面についたダイヤルに指を触れ、心臓を通る電気信号を30秒計測し、画面に心電図を表示します。

・メガネ型

 GPSセンサー、加速度センサー、ジャイロセンサーなどを備え利用者の視線方向を検知し、レンズ上にカメラの情報などを表示できます。映像なども表示でき、製造現場や医療現場で作業支援等ができます。図8はEPSON社の「MOVERIO」で、映画視聴、観光ガイドや情報提供、製造業などの遠隔作業支援などのためのメガネ型デバイスです。

・特化型

 ある目的に特化したデバイスで、指輪、衣服、靴など様々な形で製造されています。図9に示す東洋紡の「COCOMI」(9)は着るだけで生体情報の継続測定を可能にする機能素材が開発されているます。様々なシーンにおける心拍変動や心電波形の計測を可能とします。

3)このようなデバイスを支える技術

  • デバイスの機能を限定しコイン電池1個で1年以上稼働するような小型化・低消費電力化・低コスト化ができるようになりました。
  • デバイスの通信手段としている超低消費電力・近距離通信規格の「Bluetooth Low nergy(BLE)」をスマートフォンが搭載したことにより、データの記録が主であったが、スマートフォンを通じて多くのサービスを提供できるようになりました。さらに、低消費電力・広範囲の無線通信技術「Low Power Wide Area(LPWA)」も導入されており、この技術によりデバイスから直接サーバーにデータを送ることができ、活用場面がさらに広くなっています。

4)データをスマートホンで一元管理

 デバイスと連携したスマートホンで健康上の管理ができるようになり、デバイスのメーカーが開発したアプリのみが使えますが、歩数計アプリと心拍管理アプリとを関連付けて運動量が多くなればどれくらい心拍数が上がるかといった複合的な情報の管理が欲しくなります。そこで、複数のデバイスから得られる身体の活動情報をスマホで一元管理する仕組みが考えられ、現在では「Google Fit」や「ヘルスケア」というアプリがあります。

6.まとめ

 生理情報を収集する技術及びデバイスは、従来直接測定するものであったが次第に関連する情報を測定することにより利用者に負荷のかからないものに進歩しています。

 現在、数多くのウェアラブルデバイスが登場していますが、デバイス、アプリ、通信技術、超微細加工技術などが進歩すれば更に便利なものができてきます。ここで気を付けなければならないことは、生体情報であるデータが漏れないようプライバシーの保護をどのように確保するかが大事になってきます。また、医療分野から見ると、連続した詳細なデータを観察することにより患者の傾向を的確に捉え、治療がより適切にできるものと考えられます。5Gの利用が進むと大量のデータとともに高速に通信できるため在宅で医療を受けることが可能になるでしょう。

(文責 福井 英雄)
(ふくい ひでお、電気電子、hd.fukui@gmail.com)

<参考・引用資料>
(1)金徳祐・陳紹華,“生理計測で何がどうわかるか-基礎と実際”,MERA 第41号 Sep./2018
(2)岩木美晴他,“表面筋電位信号処理LSIのための低電圧・低消費電力・低ノイズ増幅器に関する研究”,宮崎大学工学部紀要 第33号
(3)神保一郎,“生体電気計測の基礎” ,精密工学会誌 Vol.73 No.11,2007
(4)山田一郎,“ヘルスケアモニタリングを目指す生体情報センシング技術”,IEICE Fundamentals Review Vol.12 No.1
(5)(総務省「社会課題解決のための新たなICTサービス・技術への人々の意識に関する調査研究」(平成27年)
(6)https://www.fitbit.com/global/jp/home
(7)https://www.apple.com/jp/watch/
(8)https://www.epson.jp/products/smartglasses/enkaku/
(9)https://www.toyobo.co.jp/discover/materials/cocomi/index.html

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